大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和25年(れ)272号 判決

主文

原判決を破毀する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

弁護人松尾菊太郎の上告趣意は、末尾に添えた書面記載のとおりである。

上告趣意第一点について。

裁判所は、審判の請求を受けない事件について判決をすることができないことは言うまでもないことであるが、裁判所はまた、檢察官が公訴を提起するにあたって示した罪名に拘束されるものではないことも多言を要しない。されば、公訴にかゝわる犯罪事実の同一性を害しない限り公訴の罪名と判決の罪名とが異なり、從って多少事実を異にするところがあったからとて判決を違法ならしめるものではない。記録によると、本件公訴状に記載された事実は「被告人は、昭和二三年四月二二日東京都中央区所在米軍第四九病院別館において連合国占領軍所有のチュウイングガム一千個を窃取した」というのであり、原判決の認定した事実は「被告人は昭和二三年四月二二日東京都港区芝浦所在米軍補給部隊から東京都中央区築地五丁目米第四九陸軍病院別館へ米軍用砂糖菓子類を貨物自動車で運搬する際、人夫中島某からチュウイングガム一千個入一箱の運搬を委託されその盗賍品なる情を知りながらこれを貨物自動車で前記部隊から右病院別館まで運搬した」というのである。この両者に共通する事実としては、昭和二三年四月二二日東京都中央区米第四九病院別館を関係場所として連合国占領軍所有のチュウイングガム一千個が不法に領得されたことに被告人が関与したその行爲が中心問題とされているのであって、公訴状では被告人の行爲を窃盗と認めたのに対し原判決においてはこれを賍物運搬と判断した結果事実関係に多少の差異を生じたのであるが基本的事実には変動がないのであるから、公訴状記載の公訴事実と原判決認定の犯罪事実とは同一性を失わないものと言うことができるのである。それゆえ、原判決には所論のような違法はないので、論旨は理由がない。

同第二点および第三点について。

判決において賍物に関する罪の罪となるべき事実を説明するについては、必ずしも被告人の行為の目的物がなにびとの、いかなる犯罪によって不法に領得された賍物であるかの具体的事実を明示することを必要とするものではないが、少くとも判示事実の記載と引用の証拠と相まってその目的物が賍物であることを知り得る程度に明らかにしなければならないことは言うまでもないところである。ところが、本件において原判決は被告人がチュウイングガム千個入一個を「盗賍品なる情を知りながら之を…………運搬した」と判示しているのであるが、原判示事実と引用の証拠とによっても被告人の運搬した目的物が盗罪によって不法に領得された物であることを知ることはできないのである。すなわち、原判決の引用する証拠からは被告人が本件物件を盗賍品であると思っていたという主観的事情は認められるが、右物件が盗賍品であると認められる証拠はないのである。それゆえ、原判決には所論のように理由不備乃至採証法則違反の違法があるから論旨は理由があり原判決は破毀を免かれない。

よって、旧刑訴法第四四七條第四四八條ノ二に從い主文のとおり判決する。

この判決は、当小法廷裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 穂積重遠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例